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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)3255号 判決

原告 国

訴訟代理人 関根達夫 外一名

被告 重政誠之

主文

被告は原告に対し、日清紡績株式会社の株券二、八〇〇株(昭和二九年一一月一日発行の重政千代子名義二、〇〇〇株、佐藤三七次名義八〇〇株)を引渡し、かつ金四六、一一三円及びこれに対する昭和三〇年五月一三日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をなせ。

被告が前項の株券を引渡すことができないときは、原告に対し金七五八、八〇〇円の支払をなせ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告が金二〇万円の担保を供する時は、仮に執行することができる。

事実

一、請求の趣旨

主文第一、二、三項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因

(一)  被告は、昭和二九年五月二九日東京高等裁判所において、経済関係罰則の整備に関する法律違反等被告事件につき、「被告人を懲役一年に処する。この裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。押収に係る

富士紡績株式会社株券一九三枚(昭和二四年押第一、三五二号の二、〇一一の一株券八〇枚、一〇株券八二枚、五〇株券三〇枚、一〇〇株券一枚)、

東洋紡績株式会社株券一四八枚(同年押第一、三五二号の二、〇一二の一〇株券一三五枚、五〇株券一三枚)、日清紡績株式会社株券二四六枚、(同年押第一、三五二号の二、〇一三の五〇株券一枚、一〇株券二四五枚)、日清紡績株式会社株券三〇枚(同年押第一、三五二号の五、四四七の一〇株券三〇枚)

及び東洋紡績株式会社株券二二枚(同年押第一、三五二号の五、四四八の一〇株券一五枚、五〇株券七枚)を没収する。

(後略)」旨の判決を言渡され、この判決は同年六月一三日確定した。

従つて、その確定と同時に、右没収にかかる株式は国庫に帰属して、原告が株主となり、被告及び後記株式名義人等は同株式につき権利を喪失した。

(二)  ところで、右株式の名義人は、

日清紡績株式会社(以下日清紡と略称する)

株式八〇〇株につき 佐藤三七次

同株式二、〇〇〇株につき 重政千代子

富士紡績株式会社(以下富士紡と略称する)

株式二、〇〇〇株につき 遠藤恵一

同株式五〇〇株につき 下山一二

東洋紡績株式会社(以下東洋紡と略称する)

株式一、〇〇〇株につき 重政益子

同株式一、五〇〇株につき 秋山文武

となつていたが、全株式とも被告が訴外日野原節三から収賄したもので、右名義人等は単に被告によりその名義を使用せられたにすぎず、株主としての届出印鑑及び株券は被告がこれを占有し、株式配当金も被告が受領する等同株式の実質的支配は被告に属していた。

(三)  東京高等検察庁は、右判決の確定により没収株式が国庫に帰属するに至つたので、同年一二月二〇日前記三会社に対し株式名義書換の請求をなし、日清紡は昭和三〇年一月一一日、富士紡は同月一二日、東洋紡は同月二一日それぞれ前記株式につき東京高等検察庁会計事務管理者検事長花井忠名義に株主名簿の記載を了した。

ところが、右株式の国庫帰属後その名義変更までの間に、

(1)  前記三者は昭和二九年一〇月三〇日最終の株主名簿上の株主に対し、いずれも源泉徴収税額一割五分を差し引き一株につき、

日清紡は八円五〇銭

富士紡は四円二五銭

東洋紡は四円六七銭五厘の割合の利益配当をなし、被告は合計四六、一一三円を受領した。

(2)  日清紡は、昭和二九年一〇月一日の臨時株主総会において、「株式会社の再評価積立金の資本組入に関する法律」に従い無償新株式を発行して同月三〇日最終の株主名簿上の株主に対し所有株式一株につき新株式一株の割合で割り当て交付すべき旨の決議をなし、右決議に基き被告は新株二、八〇〇株の交付を受けた。

(四)  しかし、原告と被告及び前記名義人等との関係においては、没収判決の確定以後は原告のみが右株式につき真の権利者であるから、被告は原告の損失において前記配当金合計四六、一一三円及び日清紡の新株二、八〇〇株を不当に利得したものに外ならない。よつて、原告は被告に対し右不当利得にかかる配当金及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三〇年五月一三日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払並に日清紡株式の返還を求め、若し株券の引渡ができないときは、履行に代る損害賠償として本件口頭弁論終結当時の右株式の時価たる一株金二七七円の割合により計算した二、八〇〇株分金七七五、六〇〇円の内金七五八、八〇〇円の支払を求める。

三、請求の趣旨に対する答弁

請求棄却の判決を求める。

四、請求原因に対する答弁

(一)  原告主張の請求原因事実は認める。しかし、原告主張の判決により没収されたのは、紙片たる株券であつて株主権ではない。株券は有価証券であり、記名株券の移転又は質入の場合には証券の占有を必要とする。故に右判決の確定によつて直ちに被告及び原告主張の名義人等が没収株券の株主権を喪失することはあり得ない。

(二)  次に、没収も一の財産刑であり、その裁判の執行につき民訴法に関する規定を準用することは、刑訴法第四九〇条所定のとおりである。従つて没収物が国庫に帰属するのは、判決の確定時ではなく、確定判決の執行時、すなわち、日清紡外二社が株主名簿の記載を原告名義に書き換えた時である。従つて、その以前に右三者が原告主張のように利益配当及び無償交付新株の発行をなし、被告がその交付を受けたのは、当時の株主権者として当然の事に属し、何等不当利得を以て目せらるべき限りではない。

理由

原告主張事実は当事者間に争がない。

被告は、本件株券を没収する旨の判決は紙片たる株券自体を問題としているのであつて株主権には何等消長を及ぼすものではないと主張する。しかし、右判決にいわゆる株券は、被告が収受した賄賂を指称するものである。賄賂とは、公務員等の職務に関する不法な利益であつて、本件の場合、収賄の対象となつたのは、単なる紙片としての株券ではなく、利益配当請求権、残余財産分配請求権又は場合により与えられる新株引受権等を包含する株主権即ち株式であること勿論であるから、没収せられたものも右株主権に外ならない。たゞ、株券の有価証券的性質からして、株式の譲渡には株券が発行されている限り必ず株券に対する占有の移転を要するところから、株券を没収する旨宣言されたものに過ぎないと解すべきである。

次に、被告は、仮に右没収の判決が株主権を対象としたものであるとしても、没収の効力を生ずるのは没収を言渡した判決の確定時ではなくして、その執行時であるとし、その執行とは株主名簿の書換を了することであると主張するから、この点につき判断する。

没収刑は常に特定物を目的とし、これを原始的に国に帰属せしめる意思表示であるから、一般的にはその判決の確定と共にその効力を生ずるものと解するのを相当とする。

刑訴訟法第四九〇条ないし第四九二条が執行方法につき規定しているのはその目的物が押収されていない場合に没収の言渡を受けた者又はその死亡による相続もしくは法人の合併によりこれが占有を取得した者に対し、強制的に没収物の提出を命じて、これを国の占有に移すことを律したものに過ぎないのである。

しかし、没収の目的物が記名株式であるときは、記名株式の特質から別異に解釈しなければならない。すなわち、商法第二〇五条第一項は記名株式の譲渡は株券の裏書により又は株券及びこれに株主として表示せられた者の譲渡を証する書面の交付によりなすとあつて、株券に対する占有移転は譲渡の効力発生要件であると解すべきところ、これは株券の有価証券的性質からの必然の帰結であるから譲渡以外の没収の場合と雖も同様であつて、没収の効力を生ずる為には株券の占有移転が必要である。

そこで、没収の目的物たる株券が押収されていないときは、没収刑の執行により国が株券の占有を取得したときに没収の効力を生ずるのであるが、これに反し、株券が押収されている場合は、既にこれが国の占有に移つているのであるから、株主権移転の効力発生要件たる株券の占有移転という手続をふむ必要はなく、執行の観念を容れる余地はないのである。(たゞ、裁判所の証拠品係から検察庁のその係に没収物が引き継がれることと没収物の性質に従い、換価廃棄又は偽造部分等の抹消等の措置がなされることは考えられるのであるが、前者は国の占有の範囲における内部手続に過ぎず、後者は没収後の処分行為に過ぎないのであつて、いずれも執行を以て目すべき限りではない。)

被告は、この場合の執行は株主名簿の名義書換をすることであると主張するけれども、この書換は会社に対し株主権を行使する前提にすぎず株式の移転とは直接関係ないものであるから到底執行とは言い得ない。

要するに、没収の目的たる株券が押収されているときは、没収判決の確定と同時に没収の効力を生じ、株主権は国に帰属するものと解しなければならない。(この解釈は刑法第三二条にあてはめても不可なる所以を知らない。けだし、同条は没収刑の言渡確定後一年間刑の執行を受けないことにより時効が完成すると規定しているが、これも没収物が押収されていない場合を律するものと言うべきである。けだし、もし没収物が押収されている場合にも同条の適用があるものとすれば、没収刑の執行があり得ないこと前記のとおりであるので、すべて例外なく時効が完成するという不都合な結果を生ずるからである。)

よつて、本件のように没収の目的物が押収されている場合には、没収の判決が確定した昭和二九年六月一三日限り本件株券従つて株主権は被告との関係においては原告に帰属したものというべきである。

もつとも、原告はその後昭和三〇年一月一一日本件株式につき名義書換を了したのであるが、これよりさき、前記三社は昭和二九年一〇月三〇日最終の株主に対し利益配当を、日清紡会社は同日の株主に対し利益配当及無償新株の割当をなし被告が、原告主張のように利益配当金を受領し、かつ、新株の交付を受けたことは争ない事実として冒頭に述べたとおりである。この場合、原告は昭和二九年一〇月三〇日当時実質的には株主であつたことを以て会社に対抗し得ないにも拘らず、被告に対する関係においては自己が実質的に株主権を有すると主張するから、この点につき判断する。およそ、会社が一定の日時現在の株主名簿上の名義株主に対し株主としての権利行使を許せば、たとい、その者が実質的に権利を有しない場合にも会社は免責せられ、また、当時の名義株主以外の者はたとい実質的に株主権を有していても、会社に対し株主権を以て対抗し得ないのは、会社が株主を集団的かつ画一的に取扱う必要上、事務処理の為の技術的要請からやむをえずこの程度の形式性を以て満足するの外ないとして対会社関係においてのみ認められた例外的措置に過ぎない。

従つて、対会社以外の関係すなわち本件のように没収の確定判決を受けた被告人と右判決により株主権を原始取得した国との関係では、専ら実質的な権利関係に即して解決せられなければならない。

もし、本件の場合にも前記の形式性を貫くべきものとし、原告が被告との関係においても、実質上株主権者たることを主張し得ないとするならば、被告の刑事責任を律した経済関係罰則の整備に関する法律第四条が刑法第一九条の特別規定として賄賂の没収及び追徴を必要的なものとし、この法律違反被告事件の被告人に対しては絶対に犯罪による不法の利得を保持させてはならないとする法意にももとることになるであろう。

従つて、没収株式が原告に移転した昭和二九年六月一三日以後を基準時とする利益配当、無償交付新株(これは「株式会社の再評価積立金の資本組入に関する法律」によるもので、実質的には再評価積立金の株式配当であり、従来の株式に内包されていた価値を分割して株主に与えるものに外ならない。)も原告に帰属すべきこととなる。

然るに被告が右配当及び新株の交付をうけていることは、前記のとおりであるから、被告は、原告との関係においては、何等法律上の原因なく原告の損失において配当金合計四六、一一三円及び日清紡の新株二、八〇〇株を不当に利得したものと言うべきである。

従つて被告は原告に対し右不当利得にかかる配当金及び新株式の返還をなすべく、又本件口頭弁論終結時である昭和三〇年一〇月一七日における日清紡株式の最終価額が一株金二七七円であることは公知の事実であるから、若し株券の引渡ができないときは、被告は原告に対し履行に代る損害賠償として一株金二七七円の割合により計算した二、八〇〇株分金七七五、六〇〇円を支払う義務を有する。

よつて、被告に対し右配当金四六、一一三円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三〇年五月一三日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払並びに新株二、八〇〇株の引渡を求め、新株引渡が履行不能の場合損害賠償の内金として金七五八、八〇〇円の支払を求める原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、民訴法第八九条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 安倍正三 宍戸清七)

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